早く幸せになりたい
本好き
歳をとったらどっかの特異点で仲村トオルになりたいミヤマです。 僕はいつからか知らないが本が好きだ。
なぜ好きなのかもよくわからないが、親は全く本を読まないので、その反動によるものかもしれない。 あ、もう一つあった。モテると思って本を読んでいるところもある。 しかし、今のところそれでモテた経験はない。
結局言えるのは、本が好きということ。
にしても、そういう生ぬるく、軟派な姿勢で読書により読むのは伊坂幸太郎などのお流行りモノが多い。 (伊坂幸太郎を悪く言っているわけではない。誰かを悪者にするなら僕だ。)
大学に入ってからは幸せ
ってなんだろうか。とふざけたりしながらも考えていた。(正直そんなものに一意な答えというものはないだろうが、、)
それに伴って、読む本のジャンルもそういうものに寄っていった。
最近読んだ幸せになる勇気
もその流れだ。
ざっくりと
すべてを書こうとするとまとまらない気がするので、
幸せになる勇気
を読んで響いた言葉を幾つか紹介する。
- 「尊敬とは他人をありのままに認めること」
世間でいう尊敬
とは権威や恐怖に近い。そうではなくて、どんな偏見も持たずただその人その人であることを
認める。色眼鏡などのバイアスを全部取っ払ってしまって、その人を見るということだ。
- 「自分で自分を認めること」
他人からの評価に慣れてしまうと、それに従うように行動するようになる。 そうではなく、自分で自分のことを認めてあげる。自分はこれだけのことをできる。以前はできなかったことが できるようになったのは成長だ。という具合に自分を肯定してあげる。
承認欲求に踊らされないことも重要だ。これについては、以前書いているので、一助になればと思う。
- 「自分で自分を愛してあげること。それができなければ、他人を愛すことはできない。」
- 「与えよ、さらば与えられん。」
たとえば、ここになにかの募金箱があったとする。これにいくらか入れるという選択肢もあるし、逆になにもしないという選択肢もある。 では、募金をした自分と、しなかった自分、どちらを好きになれるかということを考えると、回答は前者のほうが多いと思う。 これが自分を愛すということ(だと思っている)だ。まず、こちらから愛すこと(アクションを起こすこと)ができなければ、 他人を愛すということには至らない。
- 「幸福とは貢献感」
上記の例で言うと、自分を愛してあげることが、巡り巡って誰かの助け(募金が何かの援助に使われる)になるということである。 本来、仕事というのはこういう構成になっているのが望ましい。
それからの僕
自分は今まで嫌いな人を避けてきた。でもそうじゃない。そういう人もいると認めたほうがいい。 嫌えばリスクだが、認めてしまえば、チャンスだと思うようにした。 与えること、具体的に言うならばオープンマインドでいること。それが自分に与えることであるし、 同時に自分に与えること。そういうことなのだろうと思う。
与えるということが本当に与えているのかどうかは、どちらでもいい。頑張っても相手のことを知り得ることは原理的にできないのだから。
それからというもの僕は何気なく入ったお店などでも、店員さんのその日のささやかなハッピーにつながればと、もしくは刺激になればと できるだけ声をかけるように心がけている。(もしかしたら、気持ち悪いと思われているかもしれないが。)
それが僕にとって与えることであるし、そういう自分が好きだと思える。 誰かから良いやつだ、とも変なやつだ、とも思ってもらおうなんて毛頭考えていない。 シンプルに僕はそういう自分が好きだと思えるから、そういう行動をとる。 そう心がけている。
まとめ
そういう自分が好きかどうか。それを問い続けながら日々を過ごすと、一日一日の 出来事でも大事に過ごすことになる。
ここで、この本で出てきた言葉をもう一つ紹介しようと思う。「何気ない日々が試練になる。」
この言葉通り、毎日が与える日々になるし、それが自分を認めること、愛すことに繋がる。 そして、自分の幸せになり、それが根底では他人の幸せになる。そういうことがこの言葉の 集約するところだと思う。
こんなところで、 やはり、すべてを記すことはできなかった。むしろ一部も紹介できていないのかもしれない。 でも、考えるタイミングは与えることができたと思う。なので、以下にそのリンクを 貼っておく。(ただこれをしたからといって僕には一銭の得はない。でも、それでいいと思う。)
さらに、この幸せになる勇気
を読んでいる時期に、こんなYoutubeチャンネルを見つけた。
こういうときには同じようなトピックは重なるみたいだ。メンタルコーチのクリスが幸せだったり、
仕事についてのモチベーションだったりを
レクチャーしてくれるチャンネルです。これもこのブログを読んだ方の一助になればと思う。
では、このへんで。