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主義シフト

私はモノを多く持つと不幸になると考えている。 モノが多いとそれだけ選択肢が増え、迷い、時間を浪費してしまうという意味で不幸になると考えている。 時間は平等に毎日24時間、地球上の生きとし生けるものに与えられる。 このように考えるようになったのは、ある日、友人が貸してくれた本が今の生活や考え方をひっくり返してしまったのがきっかけだ。

いつもと同じように友人の家に行くと、異様に片付いていた。 いや、片付いていたというよりモノがなくなっていた。 彼いわくある本を読んで片付けに目覚めたらしい。それが 人生がときめく片づけの魔法/近藤麻理恵 だった。悲しいかな、胡散臭いタイトルだ。

胡散臭いと思ってしまっていた私だから、この本に対しても半信半疑だった。 いや、3割信7割疑。いや、もっとかもしれない。 そんなことを考え巡らせている間に、私はその本を友人から借り、朝方に帰宅した。 そして、なんとなくページを開いた。

ふとこの本を借りるときに友人からの忠告があったのを思い出した。

「必ず3日は余裕がある日に読んだほうがいいよ。」

私は1日で読了してしまっていた。 おい、さっきページ開き始めたばかりじゃないか。と思ったが、既に日は完全に落ちきっていた。 そして、その日はGW残り3日で、翌日から私は何かに取り憑かれたように行動を開始していた。

翌朝8時頃、家中の服を引っ張り出し、片っ端から選別し、捨てた。 本やらモノというモノを選別し、捨てた。 そう、ときめくモノは残し、ときめかないモノは片っ端から捨てた。 またいつか必要かも。。と思うものは感謝しながら捨てた。 「今まで私の人生の一部になってくれてありがとう、そしてサラバ」と内心、言いながら。 目指すは自分の好きなものだけに囲まれる生活だった。

そして、今の私は物質主義->精神主義へシフトしつつあると思う。 それは私にとって「幸せか?」「いい経験になるか?」と常に自問していると思う。

いつか必要と思ったものはそのときにまた買えばいい。 もったいないという考えがあるかもしれないが、私はそれをいつ来るか分からないいつかまでとっておくスペースと時間がもったいないと思うようになった。 服であれ、本であれ、ゲームやらすべてのモノというのは人間に一定の経験幸せを与えてくれるものだと考えるようになった。 同じ服を着ていれば同じだけの幸せを感じることができるだろうが、それ以上の幸せを感じたいのなら手離すことが大事だと思う。 もっと拡大解釈するなら、幸せになる、前に進むというのは手放す、決別するということだと思う。

(と書いたはいいが、狂信的な文章だと思わないこともない。)