手をはなして

とある福岡のSEの暮らしが垣間見えるブログ

何かをうまくなること

あなたには短期間の集中力がすごい人がいるだろうか。すごい集中力で高いレベルのスキルを身につける 人がいたりしないだろうか。僕は今まで数人見てきた。

僕より全然ギターが下手だった先輩が数ヶ月で追い抜かれたり、 受験で俺より成績よくなかった友人が数ヶ月で追い抜かれたり、 頑張って平均点だった僕は結構悔しい思いをしてきた。

でも、彼らはGRIT(やりきる力)に取り組んでいたのかもしれない。そう思ったので、今回はGRIT(やりきる力)について書いてみようと思う。

スキルのレベル

僕の職業はSE。響きはかっこいいと思う人も多いと思うが、実際はそんなにかっこよくはない。 友人からはIT土方と馬鹿にされている。いいじゃないか、好きなんだから。

仕事はSEであるので、当然プログラミングは切っても切り離せないスキルだ。 学生の頃、少しだけ身につけたこのスキルだが、残念なことに仕事に生きるほどレベルには達していない。

では、これを仕事が生きるレベルまで持っていくにはどうしたらいいのか。ということを 考えてみると、トレーニングが足りないというひとつの原因に思い至った。 確かに、なんでもいきなりできるわけがない。 短距離のボルトだって赤ちゃん時点であれだけ速かったわけではない。

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やり抜く力 GRITでは人は能力が高すぎる人を目の当たりにすると、それを天才みなし、彼らが今までのやってきた努力を見ようとしない。 そうすることで自らの現状に甘んじることができる。脳はそういうふうになっており、変化を避けるようにできるている。そうした方が楽だからだ。 ということが書いてあった。今回はこの本の書評?感想?を書いていきたいと思う。

レベルアップトレーニングは大変

スキルのレベルを高めるのは大変だ。そのためにはひたむきにトレーニングを続けないといけない。 しかし、トレーニングを毎日続けるのも大変だ。もっと言えば、物事を続けるというのが大変だ。

僕は三日坊主な僕がしばしば顔を出すのを知っている。 お陰である程度のところまではできるのであるが、そこからのレベルアップのためのトレーニングというものをしない。

好きなものであってもそれのトレーニングが楽しくなければ、途中でやめてしまっている。

僕の経験から言うと、僕はプログラミングは好きで、それが理由でSEという仕事を選んだ。 しかし、いろんなプログラミング言語に手を出してはやめてしまっている。 それを高めるための練習をやっていない。なぜなら、当初ほどの楽しさを感じないからだ。

意図的なトレーニング

僕にも少しは上手にできると自負しているものがある。と言っても、平均の人よりほんの少しだけうまいくらいものだ。それはテニスだ。

というもの、中学のときに部活として始めたテニスであるが、当時の顧問が厳しかったし、怖かったのでどんな練習も 耐えてきた。毎週の練習試合もおそらく全部参加した。

このとき好きな練習もあれば、そうでない練習もあった。むしろそういうい練習の方が多かったように思う。そういった練習はきついし、怖い。でも、続けた。

本書ではこのようなトレーニングを意図的なトレーニングと呼んでいる。 そして、意図的なトレーニングは往々にしてつらく、楽しくないものであるそうだ。

本書では様々な分野のチャンピオンやプロ、天才にインタビューをして、それに至るまでのプロセスとそれらの感想が 紹介されている。

本書で僕の中で響いた言葉があるので紹介する。

成長を妨げるのは、途中でやめてしまうことだ。

これを聞いて思ったことは、「三日坊主なんて最悪じゃないか。 好きで始めたのに、それを途中でやめてしまうのはもったいない。」

うまくなるのには、楽しいだけではだめ。うまくなるための意図的なトレーニングが欠かせない。 三日坊主というのは成長にとっては敵でしかない。 しかし、一方で意図的なトレーニングは楽しくない。辛い。 ただ成長するためにはそのことをしないといけないのだ。

これを読んでいる人に少し考えて欲しい。人より自分が少しうまいこと。そして、そうなるためにやってきたことを。 きっとそれらはスタートは楽しく、好きで始めたことだと思う。そして、うまくなるために楽しくない意図的なトレーニングではなかっただろうか。

天才はいない

一芸に秀でるというのは大変である。 天才は生まれながらの才能もあるかもしれないが、それを伸ばすための努力をしている。 天才と呼ばれるような彼らは意図的なトレーニングを行ったあとの感想として口を揃えてこういったことを言うそうだ。

「練習はつらいけど、好きだからね。」

僕は天才でも凡人でも練習は同じようなことを思っていることに驚いた。この事実から 学ぶべきは、うまくなるためにはそれだけの練習が必要ということ、 この世に生まれながらの天才というのは厳密には存在しないということだ。

僕がこのブログを書くのにも理由がある。文章がうまくなりたいからだ。 これは僕にとっての文章上達のための意図的なトレーニングだ。

まとまった文章を何かしらの媒体で発信できるようになりたい。と思っている。 それが僕の幸せにどこか繋がっているような気がする。 何かに貢献できるような気がする。幸福=貢献である。

shymyblog.hatenablog.com

そう。僕は成長、一歩ずつ前進することをやめないという気持ちは持っておこうと思う。そういう決意をここから発信する。