引き寄せモーニングページ 〜モーニングページやってみたら、少しずつ毎日が変わってきた〜

引き寄せの法則というのをご存知でしょうか。 自己啓発系の本を読む人は聞いたこと、もしくは読んだことがあるのかもしれません。

ざっくりと説明すると、引き寄せの法則というのは 人は自分が願ったこと、思ったことを引き寄せる、という法則です。

でも、具体的な方法を紹介している書籍は少ないように思います。(僕が見つけようとしていないだけかもしれませんが。) また、実際そういう本を読んでみても、具体的な方法って書いてないように思います。

そこで今回は僕が引き寄せの法則のためにやっている具体的な習慣をを紹介します。

モーニングページをやるきっかけになった本とか

僕は引き寄せをモーニングページでやっています。 そのモーニングページを知ったきっかけは、この本でした。

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モーニングページというのは ざっくり言うと、朝に頭の中に浮かぶことすべてを書き出す、という 自己啓発メソッドです。

リファクタリング・ウェットウェアを読んだ当時は全く興味はなかったのですが、最近 それを引き寄せの法則に使う、というブログを見つけ、モーニングページを やりはじめるようになりました。

dream.navi.ryukyu

僕は引き寄せの法則のためにやっていますが、他にも色々と効果があるみたいです。

matome.naver.jp

googlekeepでモーニングページをやってみる

僕はモーニングページにgoogle keepを使っています。 何故かと言うと、ひとつはお手軽さです。スマホの方がお手軽に入力できると思ったからなのですが、これが 見返すことを考えるとスマホよりは手帳の方がいいのかな。と思わないことも ないです。

ただ 朝は忙しくなりがちなので、モーニングページする時間を確保するのが難しいということもあって僕はgoogle keepでモーニングページを実践しています。 時間のある日にまとめて書きます。あとから、見返せるようにするために。

blog.shibayu36.org

実際どうなの?

なんだか不思議なのですが、宣言したことはだいたいうまくいっているような気がします。 「仕事をテキパキ、スピード感もってこなす」と宣言すると、仕事がスムーズに進みます。

確かにそれを宣言した時点で意識的に行動として再現しようと行動するので、 うまくいくはずなんです。うまくいかなくても、そうしようと行動するのでいずれできるようになるんです。

ただ「今日はいい人と出会う」とか、時間の条件のあることを僕はまだ引き寄せることはできませんが、いつかはできるようになると思っています。(これもまたひとつの引き寄せです。)

オカルト感は若干ありますが、信じれば救われる。多分。

まとめ

モーニングページは引き寄せの法則ということもありますが、 頭の中を全部吐き出すスッキリとさせるという効果もあります。

モーニングページを実践するときのポイントとしては、 前日思い残していたこと、余計なことはデトックスで洗い流して脳の中をスッキリさせることです。 そして、そこに引き寄せの要素として、自分が願うことを思いを書き出します。

これをやるタイミングとしては、これを朝起きたらできるだけ早いタイミングでやることが大事だとおもます。

まあ、こんな感じでたまに文章を書くのも悪くないと思いますよ。

ミニマリスト(もどき)の読書 〜「レバレッジ・リーディング /本田直之」を読んで、読書スタイル変わった〜

僕は読書が趣味なのですが、本って結構かさばって困りますよね。いや、困ってないか。いや、困ってください。もうこの際。

僕はミニマリストっぽいところがあって、本を捨てるのはもったいない、でも捨てたい、でも捨てられない、というせめぎあいを過ごしていました。

でも、レバレッジ・リーディング /本田直之 を読んでから、それも解決したような気がします。

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レバレッジリーディングを知る

僕がこの本を買った当時、ものを捨てること、減らすことに全力の時期でした。 (この時期くらいからミニマリストに近づいていきます。あ、どうでもいいですね。)

これは僕の持論なのですが、モノがあることで選択肢が増え、 それに惑わされて、決断が遅れる、と思っています。

当時の僕は、「こんなに本があったらもう読み切れねぇし、スペース取るし、迷うし、もういやだ。。。」と 、行き場のない小さな嘆きを埋める日々でした。

そんなときに僕の読書スタイルを大きく変えてくれた本のが、 レバレッジ・リーディング /本田直之 で、これは読んでよかったと思います。

ざっくりとレバレッジ・リーディングのやり方を紹介

このレバレッジ・リーディング /本田直之 をざっくりとまとめますと、 レバレッジ・リーディング /本田直之 で紹介されている読書法のテーマは、 本は汚して、自分の実にするということです。

多くの人は本に線を引いたりすることや、折り曲げること、カバーが少しでも擦れるのも 嫌だという人もいるでしょう。

しかし、レバレッジ・リーディング /本田直之 では、 ビジネス書1冊1500円を未来の30万(数字に自信はありません。)にする。 というのを目標にしています。

このメソッドでは、 自分にとって必要だと思うところ、重要なところに線を引いて、引いて、引きまくって、 ページもどんどんドッグイヤーして、本を汚していきます。 そして、それらを適当なタイミングでA4などの紙やメモに書き出して、まとめます。 そうしてできたメモは自分専用の本となり、 通勤時間や、休み時間にそれを読み返します。

このメソッドでは、読み終わった本はよほど読み返したいものでない限り、 本は捨てます。

まあ、ざっくり言うとこんな感じです。

僕なりのレバレッジ・リーディング

レバレッジ・リーディング では、本を読み返すということは考えていません。 本を読み返す時間がもったいないというスタンスで、もし読み返すなら書き出した メモを読み返します。

この本では、PCで打って、それをプリントアウトするという方法が 紹介されています。これは好きなときに、好きなところだけを持ち歩くためなのですが、 僕はMOLESKINEのノートに写して、持ち歩いています。 僕、MOLESKINE好きなので。ちなみに線が入っていないものを 使っています。そのほうがなんとなく線にとらわれることがなく、ページを自由に使えるような気がするからです。

レバレッジ・リーディング のメソッドの効果として、 数百ページを数ページにまとめることができるので、本棚パンク問題は解決することができました。

また、気になるところだけ書き出すということで、自分にとって重要だと思うところしか 書き出していないので、いつ読み返しても重要項目だけを取り入れることができますし、 読めば読むほど情報をリンクして、より自分の中に入ってくるような気がします。

これで本は捨てられるし、本の内容もちゃんと思い出せる。完璧です。 たまに「あれ捨てなければ・・・」と思うこともありますが、それはそれでまた買えばいいんです。 本が売れないと言われる昨今、これも何かの縁だと思って、買い直しましょう。 作家さんに、著者に印税をば。 というスタンスでレバレッジ・リーディングを実践しています。

まとめ

時間もリソースと考えると、レバレッジ・リーディングはそういう意味では理にかなった読書法です。

僕の本棚には読んでない啓発本、ビジネス書、小説が僕の本棚には積んでありますが、 読み終わったらちゃんと捨てていっています。

もちろんちゃんとMOLESKINEに書き出すようにして。 ミニマリストには嬉しい読書法だと思います。おすすめです。

文章書くの苦手マンからマシになる方法 〜頭のいい人は「短く」伝える (だいわ文庫) を読んでみた〜

そもそもブログでプロットを書いている人いるだろうか?

僕はプロット的なものを記事に起こす前に書いています。

ルールとして、4節構成にすること(きっかけ、ストーリー、クライマックス、まとめ)。

僕が4節構成にするようになったのは頭のいい人は「短く」伝える (だいわ文庫)を読んだのがきっかけです。

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僕はこのブログを書くときは、先に4節を先に書くことを意識しています。

全部がこのパターンに完全に沿っているわけではないが、基本的に4つの要素、4節構成に心がけています。 というより、僕がそうじゃないとうまく文章を書けないんすよね。というか、それにしか納得できなくなってしまっています。

文章には型がある

頭のいい人は「短く」伝える (だいわ文庫)のテーマは 文章には型があるということ。

どんなうまい文章も4行でまとめることができ、逆にそれに肉付けをしていくことで きれいな文章は作り出すことができるらしい。

4行でなんでもまとめられるわけないだろ。みたいな何かしらの反論する人もいるかもしれないですが、 それでまとめることができなければ、それは瑣末な、その文章に組み込むべきレベルにない情報 なんですよ。4要素で書く(もしくはまとめる)以上その4要素は同じレベル、粒度にないと4節構成することができないと思います。

そういうことさえ気づいていなかった僕にとって、頭のいい人は「短く」伝える (だいわ文庫)は ひとつの型を覚えるだけで、多くの場面に応用が効く内容で、僕にはとてもためになった一冊でした。

はじめの一歩を踏み出す

これを読んで、僕は4行で日記を書いてみたり、4行で本の感想を書いてみたり、 4行でまとめることは意識的に取り組み、最近では無意識的にやっているときもあったりします。

僕が思うに、この本は 文章を書くのが苦手で、でも読むのは好き、でも書きたいんだ、みたいな人が読むと一助になると思います。

「いや、お前そこまでうまい文章をここで書けていないじゃないか、むしろ下手じゃないか。」と思う 人もいるかもしませんが、以前の僕はもっとひどい文書を書いていました。 以前の文章を今書くことができないので、その比較はできないのがなんとも残念です。そう言ってここは逃げておきます。逃してください。よろしくです。

4行でまとめると、情報が同じフォーマットで整理され、気持ちもスッキリしてきます。 情報も整理整頓、断捨離ズム、最高。

まあ、まずはトライ

どんな本でも啓発や学習をテーマにしたものは、読んでから、次に行動しないと何もなりません。 知識を脳に一時的に入れているだけなんて、まあ、もったいない。

なので文章もうまくなりたいと思えば、たくさん書いて型を習得することに務める。 そして、書き続けること、そこから生まれる自分のスタイルを見つけていくこと。

千里の道も一歩から、そんなことを思いました。

瞑想にトライしてみたSEによるレポート 〜「始めよう。瞑想:15分でできるココロとアタマのストレッチ 」を読んで〜

ちょっと興味があったので、今回は瞑想/マインドフルネスについて書いていきます。

半信半疑で瞑想をやり始めてみた

googleなどのシリコンバレーにあるような会社では、マインドフルネスという瞑想(厳密には違うらしい)を取り入れているということをライフハッカーとかの まとめ記事でよく見かけるようになってきた。

瞑想というと、お坊さんが悟りを開くための訓練の一環としてやっている。というイメージが強いと思います。まあ、僕もそのひとりだった。 では、なぜgoogleはそのような取り組みを行っているのかというと、 それは以下のような効果が期待されるから。

  • 集中力アップ

  • 幸せになれる

  • 肩こり改善

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参照。(ちなみにこの本は初心者としてはいいです!少なくとも僕は。)

SEの悩みをすべて解決してくれている。。。。最高じゃないすか。

しかし、そんなことあるか!と思いたくもなるでしょう。わかります。僕もそっち側だったので。 そこで、こうなったら自分の身をもって確かめるしかない!そう思い、僕は瞑想に1週間ほどトライしてみました。

今回はそのレポートを書いていきます。ああ、書いていきますよ。

マインドフルネス?瞑想?怖えよ!宗教かよ!

瞑想なんて、修行の身でもない人が取り組むなんて、入信しない限りほぼないのかもしれません。いや、言い過ぎかも。 でも、やっている人は少数派でしょう。 そう考えると、瞑想をオカルト色を帯びてなんとも近づきがたい。 今のところ世の中はそんなイメージが強いと思います。

それでもいくらか興味のある方がここまで読んでいると思うので、書籍で紹介されているやり方を軽く紹介。

マントラ(この書籍ではMマントラというマントラを採用しており、「オーン、ナハーム、スバーハー」と心の中で唱える)という念仏をずっと唱えて、無の状態(頭の中が空っぽの状態)に近づいていきます。 なぜマントラを唱えるのかというと、 マントラを唱えることによってあらゆる雑念に注意を払って(本ではマントラに集中すると書いてありますが、本質的には同じです)、マントラを呼び水として、雑念をどんどん拾い上げていきます。

そして、その雑念を意識的に次々に棚上げしていきます。

頭の中に雑念や懸案事項がひらめいたら、「それはあとで考えるから、今はマントラに集中」と 言い聞かせて、マントラに集中。また、雑念がきたら同じようにマントラに集中するように仕向ける。 もう少し具体的に言うと、いや、同じことを言うと、以下のような感じです。

雑念: 「あ、今日あれやらなければ!」

自分:「あ、集中のが雑念にいってしまった。今はマントラに集中!」

雑念:「アイスが食べたい」

自分: 「あ、また集中のが雑念にいってしまった。今はマントラに集中!」

こうやって頭の中の雑念を次から次へと棚上げしていきます。 このとき不思議なのですが、雑念は一度棚上げしてしまうと、思い出す必要ないものは再度思い出すことはありません。 (これはホント不思議。というか、多分僕がそれだけ雑念まみれだったのだと思います。)

で、実際どうなの?瞑想って。

僕が瞑想をやってみて感じたことを以下に素直な感想として書いてみると、

  • 次々と雑念を棚上げしていくことで、集中力を一箇所にフォーカスすることが少しできるようになった

  • まわりの雑音、気が散ることが無視/遮断(少し)できるようになった

  • 感情、反応を選択できるようになった

  • 体が柔らかくなる

デメリット

  • 誰かに見られたら、やばいやつだと思われる(かもしれない)

環境的要因なので、一人暮らしの人や自分の部屋がある人は安全に行うことができると感じます。 (僕には部屋がないので、寝静まったときにやったりしてます。)

信じれば(騙されれば)、救われる(かも)

僕は結構効果を感じています。もしくは騙されているのかもしれません。 どちらにしても、毎日がハッピーに過ごせているのでしょう。 まだまだですが、何かを言われたときにムカついたり、気が散ってしまったりすることがありますが、 それになるタイミングがわかるようになってきました。 そして、そのタイミングでマイナスの感情を回避することができるようになったように思います。 こういう感情、反応の選択(7つの習慣でこのトピックはあったと思います。確か。)ができるようになったのは日常生活の中では大いにアドバンテージだと思います。

ということで、もし興味がある人はやってみて欲しいです。瞑想。 そして、やるならひとつやり方を見つけてトライしたほうが無難に取り組めると思います。 あ、今回紹介した本も参考の一助になると思います。(別に回し者ではないですが。。。)

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ただ自信をもっておすすめできないんです。他に試した人がいないから。

また、数ヶ月して効果をレポートしたいとか考えています。するかどうかの確約はできないですが。ではでは。

何かをうまくなること

あなたには短期間の集中力がすごい人がいるだろうか。すごい集中力で高いレベルのスキルを身につける 人がいたりしないだろうか。僕は今まで数人見てきた。

僕より全然ギターが下手だった先輩が数ヶ月で追い抜かれたり、 受験で俺より成績よくなかった友人が数ヶ月で追い抜かれたり、 頑張って平均点だった僕は結構悔しい思いをしてきた。

でも、彼らはGRIT(やりきる力)に取り組んでいたのかもしれない。そう思ったので、今回はGRIT(やりきる力)について書いてみようと思う。

スキルのレベル

僕の職業はSE。響きはかっこいいと思う人も多いと思うが、実際はそんなにかっこよくはない。 友人からはIT土方と馬鹿にされている。いいじゃないか、好きなんだから。

仕事はSEであるので、当然プログラミングは切っても切り離せないスキルだ。 学生の頃、少しだけ身につけたこのスキルだが、残念なことに仕事に生きるほどレベルには達していない。

では、これを仕事が生きるレベルまで持っていくにはどうしたらいいのか。ということを 考えてみると、トレーニングが足りないというひとつの原因に思い至った。 確かに、なんでもいきなりできるわけがない。 短距離のボルトだって赤ちゃん時点であれだけ速かったわけではない。

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やり抜く力 GRITでは人は能力が高すぎる人を目の当たりにすると、それを天才みなし、彼らが今までのやってきた努力を見ようとしない。 そうすることで自らの現状に甘んじることができる。脳はそういうふうになっており、変化を避けるようにできるている。そうした方が楽だからだ。 ということが書いてあった。今回はこの本の書評?感想?を書いていきたいと思う。

レベルアップトレーニングは大変

スキルのレベルを高めるのは大変だ。そのためにはひたむきにトレーニングを続けないといけない。 しかし、トレーニングを毎日続けるのも大変だ。もっと言えば、物事を続けるというのが大変だ。

僕は三日坊主な僕がしばしば顔を出すのを知っている。 お陰である程度のところまではできるのであるが、そこからのレベルアップのためのトレーニングというものをしない。

好きなものであってもそれのトレーニングが楽しくなければ、途中でやめてしまっている。

僕の経験から言うと、僕はプログラミングは好きで、それが理由でSEという仕事を選んだ。 しかし、いろんなプログラミング言語に手を出してはやめてしまっている。 それを高めるための練習をやっていない。なぜなら、当初ほどの楽しさを感じないからだ。

意図的なトレーニング

僕にも少しは上手にできると自負しているものがある。と言っても、平均の人よりほんの少しだけうまいくらいものだ。それはテニスだ。

というもの、中学のときに部活として始めたテニスであるが、当時の顧問が厳しかったし、怖かったのでどんな練習も 耐えてきた。毎週の練習試合もおそらく全部参加した。

このとき好きな練習もあれば、そうでない練習もあった。むしろそういうい練習の方が多かったように思う。そういった練習はきついし、怖い。でも、続けた。

本書ではこのようなトレーニングを意図的なトレーニングと呼んでいる。 そして、意図的なトレーニングは往々にしてつらく、楽しくないものであるそうだ。

本書では様々な分野のチャンピオンやプロ、天才にインタビューをして、それに至るまでのプロセスとそれらの感想が 紹介されている。

本書で僕の中で響いた言葉があるので紹介する。

成長を妨げるのは、途中でやめてしまうことだ。

これを聞いて思ったことは、「三日坊主なんて最悪じゃないか。 好きで始めたのに、それを途中でやめてしまうのはもったいない。」

うまくなるのには、楽しいだけではだめ。うまくなるための意図的なトレーニングが欠かせない。 三日坊主というのは成長にとっては敵でしかない。 しかし、一方で意図的なトレーニングは楽しくない。辛い。 ただ成長するためにはそのことをしないといけないのだ。

これを読んでいる人に少し考えて欲しい。人より自分が少しうまいこと。そして、そうなるためにやってきたことを。 きっとそれらはスタートは楽しく、好きで始めたことだと思う。そして、うまくなるために楽しくない意図的なトレーニングではなかっただろうか。

天才はいない

一芸に秀でるというのは大変である。 天才は生まれながらの才能もあるかもしれないが、それを伸ばすための努力をしている。 天才と呼ばれるような彼らは意図的なトレーニングを行ったあとの感想として口を揃えてこういったことを言うそうだ。

「練習はつらいけど、好きだからね。」

僕は天才でも凡人でも練習は同じようなことを思っていることに驚いた。この事実から 学ぶべきは、うまくなるためにはそれだけの練習が必要ということ、 この世に生まれながらの天才というのは厳密には存在しないということだ。

僕がこのブログを書くのにも理由がある。文章がうまくなりたいからだ。 これは僕にとっての文章上達のための意図的なトレーニングだ。

まとまった文章を何かしらの媒体で発信できるようになりたい。と思っている。 それが僕の幸せにどこか繋がっているような気がする。 何かに貢献できるような気がする。幸福=貢献である。

shymyblog.hatenablog.com

そう。僕は成長、一歩ずつ前進することをやめないという気持ちは持っておこうと思う。そういう決意をここから発信する。

早く幸せになりたい

本好き

歳をとったらどっかの特異点仲村トオルになりたいミヤマです。 僕はいつからか知らないが本が好きだ。

なぜ好きなのかもよくわからないが、親は全く本を読まないので、その反動によるものかもしれない。 あ、もう一つあった。モテると思って本を読んでいるところもある。 しかし、今のところそれでモテた経験はない。

結局言えるのは、本が好きということ。

にしても、そういう生ぬるく、軟派な姿勢で読書により読むのは伊坂幸太郎などのお流行りモノが多い。 (伊坂幸太郎を悪く言っているわけではない。誰かを悪者にするなら僕だ。)

大学に入ってからは幸せってなんだろうか。とふざけたりしながらも考えていた。(正直そんなものに一意な答えというものはないだろうが、、) それに伴って、読む本のジャンルもそういうものに寄っていった。

最近読んだ幸せになる勇気もその流れだ。

ざっくりと

すべてを書こうとするとまとまらない気がするので、 幸せになる勇気を読んで響いた言葉を幾つか紹介する。

  • 「尊敬とは他人をありのままに認めること」

世間でいう尊敬とは権威や恐怖に近い。そうではなくて、どんな偏見も持たずただその人その人であることを 認める。色眼鏡などのバイアスを全部取っ払ってしまって、その人を見るということだ。

  • 「自分で自分を認めること」

他人からの評価に慣れてしまうと、それに従うように行動するようになる。 そうではなく、自分で自分のことを認めてあげる。自分はこれだけのことをできる。以前はできなかったことが できるようになったのは成長だ。という具合に自分を肯定してあげる。

承認欲求に踊らされないことも重要だ。これについては、以前書いているので、一助になればと思う。

shymyblog.hatenablog.com

  • 「自分で自分を愛してあげること。それができなければ、他人を愛すことはできない。」
  • 「与えよ、さらば与えられん。」

たとえば、ここになにかの募金箱があったとする。これにいくらか入れるという選択肢もあるし、逆になにもしないという選択肢もある。 では、募金をした自分と、しなかった自分、どちらを好きになれるかということを考えると、回答は前者のほうが多いと思う。 これが自分を愛すということ(だと思っている)だ。まず、こちらから愛すこと(アクションを起こすこと)ができなければ、 他人を愛すということには至らない。

  • 「幸福とは貢献感」

上記の例で言うと、自分を愛してあげることが、巡り巡って誰かの助け(募金が何かの援助に使われる)になるということである。 本来、仕事というのはこういう構成になっているのが望ましい。

それからの僕

自分は今まで嫌いな人を避けてきた。でもそうじゃない。そういう人もいると認めたほうがいい。 嫌えばリスクだが、認めてしまえば、チャンスだと思うようにした。 与えること、具体的に言うならばオープンマインドでいること。それが自分に与えることであるし、 同時に自分に与えること。そういうことなのだろうと思う。

与えるということが本当に与えているのかどうかは、どちらでもいい。頑張っても相手のことを知り得ることは原理的にできないのだから。

それからというもの僕は何気なく入ったお店などでも、店員さんのその日のささやかなハッピーにつながればと、もしくは刺激になればと できるだけ声をかけるように心がけている。(もしかしたら、気持ち悪いと思われているかもしれないが。)

それが僕にとって与えることであるし、そういう自分が好きだと思える。 誰かから良いやつだ、とも変なやつだ、とも思ってもらおうなんて毛頭考えていない。 シンプルに僕はそういう自分が好きだと思えるから、そういう行動をとる。 そう心がけている。

まとめ

そういう自分が好きかどうか。それを問い続けながら日々を過ごすと、一日一日の 出来事でも大事に過ごすことになる。

ここで、この本で出てきた言葉をもう一つ紹介しようと思う。「何気ない日々が試練になる。」

この言葉通り、毎日が与える日々になるし、それが自分を認めること、愛すことに繋がる。 そして、自分の幸せになり、それが根底では他人の幸せになる。そういうことがこの言葉の 集約するところだと思う。

こんなところで、 やはり、すべてを記すことはできなかった。むしろ一部も紹介できていないのかもしれない。 でも、考えるタイミングは与えることができたと思う。なので、以下にそのリンクを 貼っておく。(ただこれをしたからといって僕には一銭の得はない。でも、それでいいと思う。)

さらに、この幸せになる勇気を読んでいる時期に、こんなYoutubeチャンネルを見つけた。 こういうときには同じようなトピックは重なるみたいだ。メンタルコーチのクリスが幸せだったり、 仕事についてのモチベーションだったりを レクチャーしてくれるチャンネルです。これもこのブログを読んだ方の一助になればと思う。

www.youtube.com

では、このへんで。

承認欲求という病気

ミヤマです。 今日はまた気が向いたので、書いてみようと思います。 とこれは先週あたりのお話。

いつものお昼のはずが。。。

ある日、いつものようにコンビニでお昼を買いすませた。 この日の夜、僕は一睡もできなかった。腹部が僕の体の支配下から離脱していく ようだった。 どこにも行かないでくれ給え。

と思いながら、幾度も眠りにつくことに集中したが出来なかった。

そして、急患として病院に向かい、朝は病院で迎えた。

内省 or 読書

入院すると恐ろしく時間を持て余す。やることがない。 やることといえば、頑張って細胞分裂の応援して回復を促進することくらいだ。

応援もほどほどにすると、天井を見つめるか、本を読むしかなくなってしまう。

天井を見つめていると、なんだかどっからのタイミングで内省が始まる。

その原因を考えてみると、僕には日頃、自分を見つめる時間というものが無いことによる反動だと考える。 家にいても、会社にいても自分の時間というのが基本的に無いことがさらに一因としてあげられると思う。

僕は生まれてかれこれ26年間、自分の部屋というものを持ったことがない。 代わりにスタンディングデスク代わりの棚と半畳の座れるだけのスペースならある。 特別特典で家族とTVの雑音というBGMがついている。しかし、洗濯もご飯も付いているのでなるだけ 文句は言わないようにしている。にしてもここで内省することは僕には難儀だ。

話がそれてしまった。

天井を見つめるのに飽きると、読書をする。

天井と本に視線を交互に移しながら一日を終える。 入院生活はそんなふうに過ぎていく。

承認欲求という病気

僕が入院のときに読んでいた本は幸せになる勇気

そこで書かれていた文章が僕には衝撃だった。

「自分で自分を認めてあげるしかない」

「原理的に相手がどう思っているかは知りえない」

どれくらい衝撃だったかを語ろうとすると、書評になってしまうとおもうので、今回は これに感化された僕が今、思うことをずらずらと書いていってみるとする。

今では、FaceBookInstagramといったSNSでいいねをもらいたいがために 周りの目を集めるのに必死だ。

しかし、それは承認欲求でしかないように僕は思う。

さらに根源を極めるなら、親から褒められたりすることもそうだ。 勉強を頑張った。リレーで1位になった。志望校に合格した。 そういったことで親から褒められたことがあるだろう。

多分、嬉しかっただろう。 少なくとも僕はそうだった。

でも、違う。求めるべきことは。 本当は自分で自分を褒めるべきだと僕は思う。

褒められることでそれに快感を求めて、また頑張る。 誰かがそれを褒める。もっと頑張る、そして誰かが褒める。

でも、その誰かは絶対にうまい方向に行かせてやろうなんて思っていない。 もしうまくいったとしたらそれは偶然か。まだその地雷を踏んでいないか。 もしくはそんなことにも気づいていないかだ。

親は例外だ。と誰かは言うかもしれないが、残念ながらその例には漏れない。親に褒められてやったことは それは親の願望であり、親の人生だ。

誰かのために頑張るのではなく、自分のために頑張る。それが結果的に誰かの喜びになっているべきだと思う。 でないと、褒めてもらえない状況に悩むか、他人に褒めてもらえそうなことをやり始めてしまう可能性がある。 まるで茨の道を裸足で歩むような人生になると僕は想像する。

多くの人がこの褒めるられるループにハマってしまっている。 というか、僕はそうだった。ハマっていた。そうやって26年間やってきた。

スタンディングデスク代わりの棚から

宙船/TOKIOで「お前のオールを任せるな」ってあるように、 誰かに自分の人生のイニシアチブを握らせてはいけない。

褒められることでそれに快感を求めて、また頑張る。 誰かがそれを褒める。もっと頑張る、そして誰かが褒める。

こんなのは目隠しをして、暗闇を誰かの声と言葉を頼りにさまようみたいなものだ。

そして、今僕はようやくその目隠しを外した、人生のイニシアチブを握った。だから、 この1畳にも満たないここから、スタンディングデスク代わりの棚から発信しようと思う。

入院での内省が少し僕を前に進めたと思う。

そして、これからの記録をここに記していこうと思う。

どこまでいけるかわからないが、できるだけやってみよう。

(次回はきっとこの本の紹介になるだろう。。。)

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