瞑想にトライしてみたSEによるレポート

ちょっと興味があったので、今回は瞑想/マインドフルネスについて書いてみようと思う。

半信半疑で瞑想をやり始めてみた

googleなどのシリコンバレーにあるような会社では、マインドフルネスという瞑想(厳密には違うらしい)を取り入れているらしい。

瞑想というと、お坊さんが悟りを開くための訓練の一環としてやっている。というイメージが強いと思う。 では、なぜgoogleはそのような取り組みを行っているのかというと、 それは以下のような効果が期待されるからだ。

  • 集中力アップ

  • 幸せになれる

  • 肩こり改善

始めよう。瞑想:15分でできるココロとアタマのストレッチ 参照。(ちなみにこの本は初心者としてはいいです!少なくとも僕は。)

SEの悩みをすべて解決してくれている。最高じゃないか。

しかし、そんなことあるか!と思いたくもなるだろう。 そこで、こうなったら自分の身をもって確かめるしかない!そう思い、僕は瞑想に1週間ほどトライしてみた。

今回はそのレポートを書いていこうと思う。

マインドフルネス?瞑想?怖えよ!宗教かよ!

瞑想なんて、修行の身でもない人が取り組むなんて、入信しない限りほぼないのかもしれない。 そう考えると、瞑想をオカルト色を帯びてなんとも近づきがたいものになってしまう。 今のところ世の中はそんなイメージが強いと思う。

それでもいくらか興味のある方がここまで読んでいると思うので、書籍で紹介されているやり方を簡単に紹介する。

マントラ(この書籍ではMマントラというマントラを採用しており、「オーン、ナハーム、スバーハー」と心の中で唱える)という念仏をずっと唱えて、無の状態(頭の中が空っぽの状態)に近づいていく。 なぜマントラを唱えるのかというと、 マントラを唱えることによってあらゆる雑念に注意を払うことができるようになるためだ。マントラを呼び水として、雑念をどんどん拾い上げていく。 そして、その雑念を意識的に次々に棚上げしていく。

頭の中に雑念や懸案事項がひらめいたら、「それはあとで考えるから、今はマントラに集中」と 言い聞かせて、マントラに集中する。また、雑念がきたら同じようにマントラに集中するように仕向ける。 もう少し具体的に言うと、いや、同じことを言うと、以下のような感じだ。

雑念: 「あ、今日あれやらなければ!」

自分:「あ、集中のが雑念にいってしまった。今はマントラに集中!」

雑念:「アイスが食べたい」

自分: 「あ、また集中のが雑念にいってしまった。今はマントラに集中!」

こうやって頭の中の雑念を次から次へと棚上げしていく。 このとき不思議なことであるが雑念は一度棚上げしてしまうと、思い出す必要ないものは再度思い出すことはない。

で、実際どうなの?瞑想って。

僕が瞑想をやってみて感じたことを以下に素直な感想として書いてみると、

  • 次々と雑念を棚上げしていくことで、集中力を一箇所にフォーカスすることが少しできるようになった。

  • まわりの雑音、気が散ることが無視/遮断(少し)できるようになった

  • 感情、反応を選択できるようになった

  • 体が柔らかくなる

デメリット

  • 誰かに見られたら、やばいやつだと思われる(かもしれない)

環境的要因なので、一人暮らしの人や自分の部屋がある人は安全に行うことができると思う。 (僕には部屋がないので、寝静まったときにやったりしている。)

信じれば(騙されれば)、救われる(かも)

僕は結構効果を感じている。もしくは騙されている。 どちらにしても、毎日がハッピーに過ごせていると思う。 まだまだであるが、何かを言われたときにムカついたり、気が散ってしまったりすることがあるが、 それになるタイミングがわかるようになってきた。 そして、そのタイミングでマイナスの感情を回避することができるようになった。 こういう感情、反応の選択(7つの習慣でこのトピックはあったことを思う。)ができるようになったのは日常生活の中では大いにアドバンテージだと思う。

ということで、もし興味がある人はやってみて欲しい。瞑想。 そして、やるならひとつやり方を見つけてトライしたほうが無難に取り組めると思う。 今回紹介した本も参考の一助になると思う。(別に回し者ではないですが。。。)

始めよう。瞑想:15分でできるココロとアタマのストレッチ

ただ自信をもっておすすめできない。他に試した人がいないからだ。

また、数ヶ月して効果をレポートしたいと思う。ではでは。

何かをうまくなること

あなたには短期間の集中力がすごい人がいるだろうか。すごい集中力で高いレベルのスキルを身につける 人がいたりしないだろうか。僕は今まで数人見てきた。

僕より全然ギターが下手だった先輩が数ヶ月で追い抜かれたり、 受験で俺より成績よくなかった友人が数ヶ月で追い抜かれたり、 頑張って平均点だった僕は結構悔しい思いをしてきた。

でも、彼らはGRIT(やりきる力)に取り組んでいたのかもしれない。そう思ったので、今回はGRIT(やりきる力)について書いてみようと思う。

スキルのレベル

僕の職業はSE。響きはかっこいいと思う人も多いと思うが、実際はそんなにかっこよくはない。 友人からはIT土方と馬鹿にされている。いいじゃないか、好きなんだから。

仕事はSEであるので、当然プログラミングは切っても切り離せないスキルだ。 学生の頃、少しだけ身につけたこのスキルだが、残念なことに仕事に生きるほどレベルには達していない。

では、これを仕事が生きるレベルまで持っていくにはどうしたらいいのか。ということを 考えてみると、トレーニングが足りないというひとつの原因に思い至った。 確かに、なんでもいきなりできるわけがない。 短距離のボルトだって赤ちゃん時点であれだけ速かったわけではない。

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やり抜く力 GRITでは人は能力が高すぎる人を目の当たりにすると、それを天才みなし、彼らが今までのやってきた努力を見ようとしない。 そうすることで自らの現状に甘んじることができる。脳はそういうふうになっており、変化を避けるようにできるている。そうした方が楽だからだ。 ということが書いてあった。今回はこの本の書評?感想?を書いていきたいと思う。

レベルアップトレーニングは大変

スキルのレベルを高めるのは大変だ。そのためにはひたむきにトレーニングを続けないといけない。 しかし、トレーニングを毎日続けるのも大変だ。もっと言えば、物事を続けるというのが大変だ。

僕は三日坊主な僕がしばしば顔を出すのを知っている。 お陰である程度のところまではできるのであるが、そこからのレベルアップのためのトレーニングというものをしない。

好きなものであってもそれのトレーニングが楽しくなければ、途中でやめてしまっている。

僕の経験から言うと、僕はプログラミングは好きで、それが理由でSEという仕事を選んだ。 しかし、いろんなプログラミング言語に手を出してはやめてしまっている。 それを高めるための練習をやっていない。なぜなら、当初ほどの楽しさを感じないからだ。

意図的なトレーニング

僕にも少しは上手にできると自負しているものがある。と言っても、平均の人よりほんの少しだけうまいくらいものだ。それはテニスだ。

というもの、中学のときに部活として始めたテニスであるが、当時の顧問が厳しかったし、怖かったのでどんな練習も 耐えてきた。毎週の練習試合もおそらく全部参加した。

このとき好きな練習もあれば、そうでない練習もあった。むしろそういうい練習の方が多かったように思う。そういった練習はきついし、怖い。でも、続けた。

本書ではこのようなトレーニングを意図的なトレーニングと呼んでいる。 そして、意図的なトレーニングは往々にしてつらく、楽しくないものであるそうだ。

本書では様々な分野のチャンピオンやプロ、天才にインタビューをして、それに至るまでのプロセスとそれらの感想が 紹介されている。

本書で僕の中で響いた言葉があるので紹介する。

成長を妨げるのは、途中でやめてしまうことだ。

これを聞いて思ったことは、「三日坊主なんて最悪じゃないか。 好きで始めたのに、それを途中でやめてしまうのはもったいない。」

うまくなるのには、楽しいだけではだめ。うまくなるための意図的なトレーニングが欠かせない。 三日坊主というのは成長にとっては敵でしかない。 しかし、一方で意図的なトレーニングは楽しくない。辛い。 ただ成長するためにはそのことをしないといけないのだ。

これを読んでいる人に少し考えて欲しい。人より自分が少しうまいこと。そして、そうなるためにやってきたことを。 きっとそれらはスタートは楽しく、好きで始めたことだと思う。そして、うまくなるために楽しくない意図的なトレーニングではなかっただろうか。

天才はいない

一芸に秀でるというのは大変である。 天才は生まれながらの才能もあるかもしれないが、それを伸ばすための努力をしている。 天才と呼ばれるような彼らは意図的なトレーニングを行ったあとの感想として口を揃えてこういったことを言うそうだ。

「練習はつらいけど、好きだからね。」

僕は天才でも凡人でも練習は同じようなことを思っていることに驚いた。この事実から 学ぶべきは、うまくなるためにはそれだけの練習が必要ということ、 この世に生まれながらの天才というのは厳密には存在しないということだ。

僕がこのブログを書くのにも理由がある。文章がうまくなりたいからだ。 これは僕にとっての文章上達のための意図的なトレーニングだ。

まとまった文章を何かしらの媒体で発信できるようになりたい。と思っている。 それが僕の幸せにどこか繋がっているような気がする。 何かに貢献できるような気がする。幸福=貢献である。

shymyblog.hatenablog.com

そう。僕は成長、一歩ずつ前進することをやめないという気持ちは持っておこうと思う。そういう決意をここから発信する。

早く幸せになりたい

本好き

歳をとったらどっかの特異点仲村トオルになりたいミヤマです。 僕はいつからか知らないが本が好きだ。

なぜ好きなのかもよくわからないが、親は全く本を読まないので、その反動によるものかもしれない。 あ、もう一つあった。モテると思って本を読んでいるところもある。 しかし、今のところそれでモテた経験はない。

結局言えるのは、本が好きということ。

にしても、そういう生ぬるく、軟派な姿勢で読書により読むのは伊坂幸太郎などのお流行りモノが多い。 (伊坂幸太郎を悪く言っているわけではない。誰かを悪者にするなら僕だ。)

大学に入ってからは幸せってなんだろうか。とふざけたりしながらも考えていた。(正直そんなものに一意な答えというものはないだろうが、、) それに伴って、読む本のジャンルもそういうものに寄っていった。

最近読んだ幸せになる勇気もその流れだ。

ざっくりと

すべてを書こうとするとまとまらない気がするので、 幸せになる勇気を読んで響いた言葉を幾つか紹介する。

  • 「尊敬とは他人をありのままに認めること」

世間でいう尊敬とは権威や恐怖に近い。そうではなくて、どんな偏見も持たずただその人その人であることを 認める。色眼鏡などのバイアスを全部取っ払ってしまって、その人を見るということだ。

  • 「自分で自分を認めること」

他人からの評価に慣れてしまうと、それに従うように行動するようになる。 そうではなく、自分で自分のことを認めてあげる。自分はこれだけのことをできる。以前はできなかったことが できるようになったのは成長だ。という具合に自分を肯定してあげる。

承認欲求に踊らされないことも重要だ。これについては、以前書いているので、一助になればと思う。

shymyblog.hatenablog.com

  • 「自分で自分を愛してあげること。それができなければ、他人を愛すことはできない。」
  • 「与えよ、さらば与えられん。」

たとえば、ここになにかの募金箱があったとする。これにいくらか入れるという選択肢もあるし、逆になにもしないという選択肢もある。 では、募金をした自分と、しなかった自分、どちらを好きになれるかということを考えると、回答は前者のほうが多いと思う。 これが自分を愛すということ(だと思っている)だ。まず、こちらから愛すこと(アクションを起こすこと)ができなければ、 他人を愛すということには至らない。

  • 「幸福とは貢献感」

上記の例で言うと、自分を愛してあげることが、巡り巡って誰かの助け(募金が何かの援助に使われる)になるということである。 本来、仕事というのはこういう構成になっているのが望ましい。

それからの僕

自分は今まで嫌いな人を避けてきた。でもそうじゃない。そういう人もいると認めたほうがいい。 嫌えばリスクだが、認めてしまえば、チャンスだと思うようにした。 与えること、具体的に言うならばオープンマインドでいること。それが自分に与えることであるし、 同時に自分に与えること。そういうことなのだろうと思う。

与えるということが本当に与えているのかどうかは、どちらでもいい。頑張っても相手のことを知り得ることは原理的にできないのだから。

それからというもの僕は何気なく入ったお店などでも、店員さんのその日のささやかなハッピーにつながればと、もしくは刺激になればと できるだけ声をかけるように心がけている。(もしかしたら、気持ち悪いと思われているかもしれないが。)

それが僕にとって与えることであるし、そういう自分が好きだと思える。 誰かから良いやつだ、とも変なやつだ、とも思ってもらおうなんて毛頭考えていない。 シンプルに僕はそういう自分が好きだと思えるから、そういう行動をとる。 そう心がけている。

まとめ

そういう自分が好きかどうか。それを問い続けながら日々を過ごすと、一日一日の 出来事でも大事に過ごすことになる。

ここで、この本で出てきた言葉をもう一つ紹介しようと思う。「何気ない日々が試練になる。」

この言葉通り、毎日が与える日々になるし、それが自分を認めること、愛すことに繋がる。 そして、自分の幸せになり、それが根底では他人の幸せになる。そういうことがこの言葉の 集約するところだと思う。

こんなところで、 やはり、すべてを記すことはできなかった。むしろ一部も紹介できていないのかもしれない。 でも、考えるタイミングは与えることができたと思う。なので、以下にそのリンクを 貼っておく。(ただこれをしたからといって僕には一銭の得はない。でも、それでいいと思う。)

さらに、この幸せになる勇気を読んでいる時期に、こんなYoutubeチャンネルを見つけた。 こういうときには同じようなトピックは重なるみたいだ。メンタルコーチのクリスが幸せだったり、 仕事についてのモチベーションだったりを レクチャーしてくれるチャンネルです。これもこのブログを読んだ方の一助になればと思う。

www.youtube.com

では、このへんで。

承認欲求という病気

ミヤマです。 今日はまた気が向いたので、書いてみようと思います。 とこれは先週あたりのお話。

いつものお昼のはずが。。。

ある日、いつものようにコンビニでお昼を買いすませた。 この日の夜、僕は一睡もできなかった。腹部が僕の体の支配下から離脱していく ようだった。 どこにも行かないでくれ給え。

と思いながら、幾度も眠りにつくことに集中したが出来なかった。

そして、急患として病院に向かい、朝は病院で迎えた。

内省 or 読書

入院すると恐ろしく時間を持て余す。やることがない。 やることといえば、頑張って細胞分裂の応援して回復を促進することくらいだ。

応援もほどほどにすると、天井を見つめるか、本を読むしかなくなってしまう。

天井を見つめていると、なんだかどっからのタイミングで内省が始まる。

その原因を考えてみると、僕には日頃、自分を見つめる時間というものが無いことによる反動だと考える。 家にいても、会社にいても自分の時間というのが基本的に無いことがさらに一因としてあげられると思う。

僕は生まれてかれこれ26年間、自分の部屋というものを持ったことがない。 代わりにスタンディングデスク代わりの棚と半畳の座れるだけのスペースならある。 特別特典で家族とTVの雑音というBGMがついている。しかし、洗濯もご飯も付いているのでなるだけ 文句は言わないようにしている。にしてもここで内省することは僕には難儀だ。

話がそれてしまった。

天井を見つめるのに飽きると、読書をする。

天井と本に視線を交互に移しながら一日を終える。 入院生活はそんなふうに過ぎていく。

承認欲求という病気

僕が入院のときに読んでいた本は幸せになる勇気

そこで書かれていた文章が僕には衝撃だった。

「自分で自分を認めてあげるしかない」

「原理的に相手がどう思っているかは知りえない」

どれくらい衝撃だったかを語ろうとすると、書評になってしまうとおもうので、今回は これに感化された僕が今、思うことをずらずらと書いていってみるとする。

今では、FaceBookInstagramといったSNSでいいねをもらいたいがために 周りの目を集めるのに必死だ。

しかし、それは承認欲求でしかないように僕は思う。

さらに根源を極めるなら、親から褒められたりすることもそうだ。 勉強を頑張った。リレーで1位になった。志望校に合格した。 そういったことで親から褒められたことがあるだろう。

多分、嬉しかっただろう。 少なくとも僕はそうだった。

でも、違う。求めるべきことは。 本当は自分で自分を褒めるべきだと僕は思う。

褒められることでそれに快感を求めて、また頑張る。 誰かがそれを褒める。もっと頑張る、そして誰かが褒める。

でも、その誰かは絶対にうまい方向に行かせてやろうなんて思っていない。 もしうまくいったとしたらそれは偶然か。まだその地雷を踏んでいないか。 もしくはそんなことにも気づいていないかだ。

親は例外だ。と誰かは言うかもしれないが、残念ながらその例には漏れない。親に褒められてやったことは それは親の願望であり、親の人生だ。

誰かのために頑張るのではなく、自分のために頑張る。それが結果的に誰かの喜びになっているべきだと思う。 でないと、褒めてもらえない状況に悩むか、他人に褒めてもらえそうなことをやり始めてしまう可能性がある。 まるで茨の道を裸足で歩むような人生になると僕は想像する。

多くの人がこの褒めるられるループにハマってしまっている。 というか、僕はそうだった。ハマっていた。そうやって26年間やってきた。

スタンディングデスク代わりの棚から

宙船/TOKIOで「お前のオールを任せるな」ってあるように、 誰かに自分の人生のイニシアチブを握らせてはいけない。

褒められることでそれに快感を求めて、また頑張る。 誰かがそれを褒める。もっと頑張る、そして誰かが褒める。

こんなのは目隠しをして、暗闇を誰かの声と言葉を頼りにさまようみたいなものだ。

そして、今僕はようやくその目隠しを外した、人生のイニシアチブを握った。だから、 この1畳にも満たないここから、スタンディングデスク代わりの棚から発信しようと思う。

入院での内省が少し僕を前に進めたと思う。

そして、これからの記録をここに記していこうと思う。

どこまでいけるかわからないが、できるだけやってみよう。

(次回はきっとこの本の紹介になるだろう。。。)

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googleスプレッドシートを使ったタスク管理方法

僕はタスク管理方法を探すマニアというか病気というかそういうのが好きで色々ためしたりしてきました。 手帳に始まり、googleカレンダー、Trello、IFTTTでゴニョゴニョしたりするもの、 幾つかタスク管理方法を試してきましたが、どれも続きませんでした。悲しいことに。

灯台下暗し?エクセルでタスク管理

でも、いくつかアプリを試してみても結局自分に合っているというよりは、 そのツールに合わせているような感じでした。

そこで見つけたのがエクセルでタスク管理する方法です。 詳しくはこちらのブログを参考にしてください。

www.outward-matrix.com

簡単に説明すると、スケジュールとタスクのシートをつくり、 タスクのシートからスケジュールにコピーしてきます。 タスクにはそれぞれIDを割り振っておき、スケジュールにはIDだけ入力すればOKというのが ミソです。

進捗が100%になったら色がつくように設定しておくと、ぐっと見やすくなります。

僕のタスク管理シートはこんな感じ。 f:id:shymy:20170819103114p:plain

そして、僕のスケジュールのシートはこんな感じです。 f:id:shymy:20170819103930p:plain

スケジュールのシートにはタスク管理シートのIDを入力するだけ。

僕なりのアレンジ

僕なりにアレンジしているのは、2点です。

  • エクセルではなく、googleスプレッドシートで管理
  • やるべきことではなく、できたことで評価

エクセルではなく、googleスプレッドシートを使っているのは、googleスプレッドシートはブラウザさえあればどこでも確認できるためです。 また、タスクのシートのタスクの欄にはにはやるべきことではなく、できたことと書くようにしています。 僕は今までタスクをやるべきことと捉えていました。 でも実際にほしい結果はやる(やった)ことではなく、それをやってできたこと(成果)です。 このように捉えるようになったのは、このブログがきっかけ。 hokuohkurashi.com

どんな感じ?

良かったと思うことは、以下の点です。

  • 簡単でいい
  • 自分なりにカスタマイズできる
  • 進捗100%になったとき、タスクが消えていくのが気持ちいい
  • できたこと、できるようになったことが見えるので、着実な進歩を感じることができる

逆に良くない点は以下の点ですかね。。。

  • 準備が手間
  • PCが無いと編集しづらい(スマホで確認はできるけど、編集は辛い)

まとめ

もし、僕みたいにタスク管理で悩んでいるひとがいたら、この方法を試してください。

最高の人生の見つけ方の僕の見方

僕は感動したい性格なのか、最近はヒューマンドラマの映画ばかりを観ています。 今更、最高の人生の見つけ方を観た感想みたいなのを書いてみたいと思います。

ざっくりとこんな話

ストーリーは二人のがん患者が余命宣告をされ、それをきっかけに 今までやり残したことリストを作ります。 彼らはそれをひとつずつ達成していきます。 ラストシーンは僕は一瞬驚きましたが、どうなるかは気になる人は実際に観てみてください。

最高の人生の見つけ方って?

観終わって、「あー、ちょっと感動したかな。。」と思ったのですが、次の瞬間には「いや、待て、え?」と言ってました。僕。

「死に際に、やり残したことリストを書いて、それは遅すぎるだろ。 今、この時点でやっておいてもいいだろ。そうすればいつでも死ねるだろ?」

そう思うと、この最高の人生の見つけ方って案外普通のことですよね。危うく僕は 感動に惑わされて、捉え方を間違えそうになりました。(そもそも作品をどう捉えるかは個人によるところですが)

んじゃー、僕はどうするの?

やり残したことリストは死に際に書くんじゃなくて、今から書き始めよう。

「イエスマン “YES”は人生のパスワード」が僕に教えてくれたこと

イエスマン “YES”は人生のパスワードという映画をどれくらいの人が観たのでしょうか。 いつ作られた映画かも知りませんでした。

なんとなくパッケージ(というのが正しい?)が印象的で、なんともマヌケなポーズをしているジムキャリー、そして少し胡散臭い感じがする邦題が気になって観るに至りました。

あらすじは、どんな誘いも断るジムキャリー演じるカールが、友人の誘いであるセミナーに参加することに。 そのセミナーはどんなことでもYESと答えなさい。という教えを説く、言うなればYES教。 それをきっかけにカールの暮らしは変化していく。 というストーリーです。

カールは友人からの誘いにはYES、これを全部おごってくれ、と言われてもYES、恋人(ズーイー・デシャネル演じる)のアリソンから 近づかないで、と言われてもYES。 カールはYES教に振り回されてしまい、それでバッドな状態にもなってしまうのですが、YES教の教えをうまく自分で 解釈して、それを自分のものにしていきます。そして、最後はハッピーエンド。

いくらか脚色はあるとは思いますが、こういう、言葉ひとつで暮らしを変える、変わるのかもしれない。 言葉ひとつで、現状の向かうベクトルを変化させることができるし、それを実行するもしないも自分次第。

そういうことを僕に教えてくれたように思います。

作品の主旨でないところで僕のお気に入りのポイントは以下、

もし時間があれば、是非観てほしいと思います。